アーカイブ

2017年2月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        






 3ヶ月間(7月21日〜10月14日)企業研修という形でお世話になりました石川です。

 ビアガーデンから始まり、地区の盆踊り、サンライズうづかさんでの農作業、ハデ干し作業、アトラクションのようなチャーター船、そして最後は脱穀作業で企業研修をしめくくると言うように、本当にこの3ヶ月で経験したものなのかと疑いたくなるくらいに濃い3ヶ月でした。

IMG_0789.JPG

 そんな濃い3ヶ月を過ごしてみて、いろいろ感じることはあったのですが、断腸の思いで3点に絞って書きたいと思います。

 

 1点目は、想いを聴くこと、そして伝えることの大切さを学びました。

 今回の企業研修では、「半農半巡の環」という形で働かせていただきました。読んで字のごとく、半分は農業(農事組合法人サンライズうづかさん)を行い、半分は巡の環さんで主に物販業務を担当する、ということをしました。

 農業の面では、主に想いを聴くことをしました。といっても、始めのうちはそうそう想いを語ってくれるわけではなく、まずはしっかりと働いて認めてもらうところからのスタートでした。すると次第にご自身のことを話してくれるようになりました。当法人に所属している方のほとんどは定年を迎えた方々です。定年後は退職金で悠々自適な生活を行うという選択肢もあったはずですが、代表の向山さんは退職金を叩いて稲作機械を購入するという選択をしました。他の方々も家でゆっくり過ごすということはせずに、農作業に励んでおられました。この原動力は何なのか、という疑問がふと生まれます。日頃の会話を聞いていても「暑いわい」や「しんどい」などネガティブな言葉が飛び出します。が、だからといって農業を辞めることはしないし、手を抜くこともありません。なぜなのか。ある方は「もし自分たちが田んぼを維持しなければ集落が無くなってしまう」と言い、またある方は「今まで自分がやってこれたということに、感謝の気持ちを表したい」と言います。ベタかもしれませんが、農業を行う根底にはこういった想いがあり、だからこそ続けていけるのだと思いました。

 物販の面では、主に想いを伝えることをしました。行ったことは、年間契約の方に手書きでお手紙を入れるということと、メルマガにて商品紹介をするということをしました。実際にこの仕事をしてみて思ったことは、今まで自分が買い物をするときに、数値(値段、栄養価、性能などなど)だけを見てあまりこの想いの部分を見ていなかったな、ということです。数値だけで勝負してしまうと、他の商品の方が数値面で優れていればお客さんはそちらに流れてしまう。一方で、想いを伝えてその想いに共感してもらうことが出来れば、多少数値面で他の商品より劣っていてもお客さんは流れないのではないか、という考えに至りました。海士町には海士ファンがいます。海士ファンが生まれるのも、海士町の方々が想いを語られるという部分が大いに関係しているのではないかと思います。

IMG_0793.JPG

 2点目は、想いは伝播していくことを学びました。

 この3ヶ月で、研修事業に同行させていただく機会が数回ありました。もともと研修事業はどのようなことをやっているのか気になっていたので、とても貴重な経験をさせていただきました。研修の内容を文字に起こすと、自分自身について考える時間を設け、自ら行動を起こしている海士町の方々にお話を聞き、そこから自分は何を想い、今後どうしていくのかを考える、というものになるかと思います。文字にしてしまうと、なんだそんなことか、どこでも出来そうだなと思ってしまいますが、この研修のキーは自ら行動を起こしている海士町の方々の想いの強さと質にある、と思いました。そして想いの強さと質はその人に依存しているため、どこでもできるわけでは決してないのです。ここでいう想いの質とは、自分自身と仕事・社会がしっかりと結びついた想いとなっているということです。だからこそ、その想いを力強く語れるという面もあるのかもしれません。そして、こういった想いは研修の参加者の方々に伝播していく、というのを目の当たりにしました。

 

 3点目は、私が考えている「つながり」とは「社会との接点」ではないか、という気づきが得られました。

 私は、地元で新規就農をする予定です。その際に「つながり」をキーワードとした農業を行なっていきたいと考えています。企業研修前は、この「つながり」というものは何となく頭の中でイメージはあるのだけれども、なかなか具体的な文字に落とせずにいました。では、どこからこの気づきが得られたのか。それは、海士町での生活から得られました。海士町のキャッチフレーズである”ないものはない”のとおり、コンビニなどの便利なものはなく、生活していくには個人商店で買い物をしたり、地域の方に助けてもらったりする必要があります。そのため、その地区との接点を持たざるおえない状況にさらされます。ここで、ここ1年半の寮生活に目を向けてみたときに、特に地区との接点を持たなくても暮らしていけていたな、と気づきました。サービスがたくさん存在しているので、表面上は地区の方に助けてもらわなくてもやっていけていたのです。すると、特に意識しない限り地区すなわち社会との接点を持つ機会がなくなります。このように、両極端な生活を体験できたからこそ、このことに気がつくことができました。

 

 最後に、この3ヶ月で巡の環の皆さんを始め、サンライズうづかの皆さん、海士町の皆さんには大変お世話になるとともに、おかげさまで貴重な経験を積むことができました。この場をお借りして、お礼申し上げます。ありがとうございました! 

IMG_7352.JPG


2016年10月28日 18:27


こんにちは。
2016年8月から9月までの1ヶ月間、
巡の環でインターンシップをさせていただいた中央大学法学部政治学科1年の吉本侑加です。
 
今回のインターンシップについて全てを書くととっても長くなるので、
ほんの一部をここに記したいと思います。
 
私は高校3年生のときに地域活性化・まちづくりというものに興味を持ち、
将来は行政の立場から地域活性化に関わることを夢みていました。
実際に自治体へ行って、自分の目で地域というものを見たい―――。
どうにか行けないか、日々方法を模索していました。
 
そんなときに大学の授業で出会ったのが、
「僕たちは島で、未来を見ることにした」でした。
これを読みすっかり海士町や巡の環の虜になりました。
「実際に行ってみたい!」「お話しを聞いてみたい!」その思いが強くなり、
1ヶ月のインターンシップに行くことを決意しました。
 
インターンシップ中は、
・名刺作成
・対談の文字起こし
・視察の同席
・大学研修に参加
・勉強会に参加
・農作業(えいそ作り、稲刈り)
・お祭りの手伝い
 
他に沢山のことをさせていただいたのですが、
主に上記のことをしました。
また、時間が空いたときは海士町内を巡ったり、
隣にある西ノ島へ出かけたりしました。
 
過ごした1ヶ月は書ききれない位毎日沢山のことがあって、
同じ日本でも、海を越えた先にこんな面白い離島があるんだ!
何より、「僕たちは島で、未来を見ることにした」の世界にいることが嬉しくてたまらなかったです。
過ごせば過ごすほど、もっと滞在したい思いが強くなっていきました。
 
私は正直「まちづくり=役場しかできない」という考えを持っていました。
でも巡の環の活動であったり沢山の方と話して気づいたのが、
一口にまちづくりと言っても色々な関わり方があること。
それを知れたのがとても大きかったです。
 
お話しを聞いたり話していく中で、これからの海士町にものすごい興味が湧きました。
もっと色々な方とお話しをしてみたい!
海士という土地をもっと知りたい!
 
将来は海士町への移住を本気で考えています(笑)
 
私は地域活性化やまちづくりについて完璧に考えられたわけではなく、
日々模索中です。
でも今回のインターンシップで得られた気付きを大切にし、
東京という土地でしっかり学び・考え・伝え・行動し、また海士に来ようと思っています。
 
幸運なことに海士にいたとき、
巡の環の取締役で今は東京で活動されている信岡良亮さんと出会いました。
巡の環のインターンは終えましたが次なるステージとして、
信岡さんの会社でインターンシップをすることになりました。
 
今回のインターンシップで大きく人生が変わりました。
心から海士町・巡の環に行って良かったと思っています。
 
1ヶ月お世話になった巡の環・海士町の皆様、
本当にありがとうございました。
 
また戻ってきます!!!!!!
 

2016年10月 4日 13:53


こんにちは!
巡の環で1ヶ月間、インターンをさせていただいた
上智大学総合グローバル学部2年の
蓮見千明です。

1ヶ月間、巡の環でインターンをさせていただいた中で

自分が感じたことを綴っていきたいと思います。

まず、インターン中は

・掲載誌pdfファイル保存作業
・書籍整理
・祭りのお手伝い
・えいそづくり
・大学研修にスタッフとしての参加
・視察同席

等々を主に仕事としていただきました。

どの作業も単なる作業でなく、意味のあるもので

その都度気づきを得ることができました。

そのすべてを共有しようとすると長くなりすぎてしまうので

自分がここで特にみなさんに

シェアさせていただきたいと思うことを書いていきます!

まず、祭のお手伝いです。

私のインターン期間(8/9-9/10)は、ありがたいことに

海士町のイベントが盛りだくさんでした!特に祭り!

盆踊り祭りでカキ氷の屋台をお手伝いしたり
海士町最大のお祭りであるキンニャモニャ祭りの片付けを

お手伝いさせていただきました。

そこで感じたのは、海士町の人々の距離の近さ。

島だから、屋台も全て自分たちで運営していて、来る人来る人みんな知り合いで

お客さんと屋台の関係という感じが全然しませんでした(笑)

だからたくさん売って、たくさん儲けようというよりは

みんなで、お祭りを楽しむ場を作るために、屋台が存在している

という感じでした。確かにお金のやり取りはありますが、そこにはむしろ

人々のこころのやりとりがあるんです。
 

海士町の祭りという行事が、単なる経済を回すための行事ではなく

人との繋がりやコミュニケーションを生む場でありながら
同時に、海士町固有の文化を存続させていくための大切な行事であるんだ

ということを感じた体験でした。

お祭り後に、一緒にお手伝いをさせていただだいた地域のみなさんの

直会"なおらい"(一般にいう打ち上げ)に参加させていただいて

お祭りの動員数や売り上げが昨年よりも何倍も上がったという報告

みなさんと声をあげて一緒に喜べたときは、

おこがましくも自分も海士町の人間の一人として、

一緒に喜ばせてもらえたような気がして嬉しかったのを覚えています。


そこで仲良くしていただいた方々とは、お祭り後も町内で声をかけていただいたり

何かと気をかけてもらい、本当にありがたかったです。

次にえいそづくりです。

えいそってなんだ!?
とお思いの方のためにここでえいその簡単な説明を。

えいそとは、刈った稲を縛るための、藁でできた縄のことをいいます。

これを作るのがなかなか難しい。作り方を覚えてしまえばこっちのものなんですが

私は不器用だからか、他のインターン仲間の半分くらいの量しか

同じ期間で作ることができませんでした(泣)

でも、この単純作業に見えるえいそづくりをしながら

私と同時期のインターン生で、一緒にえいそづくりをしていたよっしーと私の間に

ふと疑問が浮かびました。

普通のビニールの紐をえいその代わりに使えばいいところを

なぜわざわざ藁なんぞ使って、時間をかけてまでえいそを作るのか?

その利点がすぐ思いつかなかったので、巡の環の社員の方に質問したところ

「伝統を守るためなんじゃないかな。
今は米作りも機械化されているところが多いけど、

昔ながらに、使えるものを使って、有効活用するとか、

手作業に込められる人のこころとか、

そういうことを巡の環は大切にしたいからだよ。」

というような返事が返ってきました。一字一句は覚えていませんが

こんな感じの内容だったと思います。

はっとさせられました。
自分は、人のこころのやりとりと繋がりのために、

生活上の機能的な便利さを捨てるほど、普段の生活の中で

持続可能性を追求できているだろうか、と。

自分の中で、効率至上主義とか経済至上主義に対して

疑問を感じていたにもかかわらず、現状を変えるために

なにかしらの行動を、自ら起こしていただろうかと

自問をしたとき、答えはNoでした。


巡の環は、とてもいいことをいっている。
でもいいことを言っているだけではなくて
自分たちがそのいいことを実現するために

自ら筆頭になってアクションを起こしている。

それに対し、自分は現状で何もできていない。

まずは自分から変わらなければ、自分から行動を起こさなければ

何かを変えていくことはできない、と思いました。

じゃあ何を始めたのか、って?

私は、自給自足な生活にしたくて

海士町から帰ってきてすぐ野菜栽培を始めました。まずベビーリーフからです。


そんなちっぽけなことかーい!
と思われるかもしれません。

でも、ちょっとでもいいんです。
最初から大きなことをしようとしなくていい。焦らなくていい。

自分が感じたものに素直にしたがって、
自分のこころの声に耳を傾けてみる。

そして、とにかくなにか実行に移してみる。

こんな人生論みたいなものを教えてくれたのも

巡の環のみなさんや、海士町のみなさんでした。

ここにいる人はみんな、自分の生きたい人生の生きかたを知っていて

そりゃ、みながみなそうではないかもしれませんが

明らかにそういう人が海士町に集まっている。


本当に不思議な島だと思います。

だからこそこうやって、多様な人が海士町の魅力に惹かれてやってきて

虜になって、何度も訪れたり、移住したりしちゃうんだろうな。

そんなことを実感した1ヶ月でした。

まだまだ書きたいことがたくさんありますが

長くなってしかたがないのでここら辺で終わりにしようと思います

巡の環での活動を通して、海士町という場所で、色んなものさしで

世界を観ることを教えてもらえる機会をいただきました。

巡の環でのインターンが、今の私にとってこれほどに有意義なものになったのは

海士町に滞在する間、お世話になった巡の環のみなさんを始め

様々な形で関わりを持つことができた海士町の皆様のおかげです。

本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

 

 

 

 


2016年9月21日 14:16


こんにちは!

慶應義塾大学4年生の橋本雄太です。

地域づくりや海士町、そして巡の環に興味がある方々に向けて、感じたことを綴っていきます。

 

と、その前に、私自身についての話を少しさせてください。

 

縁あって、東京で活躍されている信岡さんとお会いしました。

『僕たちは島で、未来を見ることにした』を読んでいた私は信岡さんに会えたということだけでテンションが上がっていました(笑)

信岡さんを拝見して「あっ、本物だ!」というのが最初の言葉。

(今、思えば「もっと気の利いた言葉があっただろ…!俺!」なんて思うわけですが…)

 

その際に、信岡さんに「海士に行ってみれば?」との言葉をいただき、まるで背中を押されたかのようにどんどんとインターンをする準備を整えていきました。

この出逢いと言葉がなければ、海士町に来ることも無かったし、こんなに沢山のことを学ぶことも、素敵な人々と出逢うことも無かったことでしょう。

 

海士町に来て、もっともよかったことは「ここでしか得られないものを得た。」ということ。

私は「海士町での暮らし」「実際に食べていくにはどうすればいいのか」「巡の環」を知るために海士町に来ました。

そのどれもに私なりの考えをまとめました。

 

まず「海士町での暮らし」について、海士町でビックリしたことは物価が高いということ。

コンビニの1.2倍くらいの値段です。

運送費がかかるのでこれは仕方ないことですし、特に私が来たのは3月なので海士町で作っている物自体もあまりないです。

「地方での生活=ライフコストが少ない」と思っていたので驚きました。

 

と言っても、都会みたいにお金を使って遊ぶところはないので、あまり出費はなかったです。

図書館もありますし、そこでゆっくり本を読みながら余暇を過ごすというのもいいのではないでしょうか。

ただ、そんな図書館で本を読んでいる暇さえもありませんでしたけどね(笑)

塾や観光協会のイベントに参加したり、バイトしたり、地元の人と飲んだりする時間がほとんどだからです。

もちろん、一人でゆったりと過ごせる時間もありましたが、とっても濃密な時間を過ごしたように感じます。

 

次に、「実際に食べていくにはどうすればいいのか」ということについてですが、生きていくには食べていかなくてはなりません。

当たり前のことです。

都会でサラリーマンとして働いて、毎月、同じ額の安定した給与をもらって生活するというのはイメージしやすい。

でも、私は都会ではない場所で自分の手で稼いで、食べて、生きていきたい。

自然が豊かで、人との繋がりをきちんと大切にしている場所で、大切な人達と一緒に生きていきたい。

そのためのヒントを得たいと考えていました。

 

結論としては「どうにかして生きていける」ということがわかりました。

もちろん、色んな人達の支えがあってこその命です。

地元の人々を大切にしながら、精一杯やっていくことで生きていけます。

そして、特別なスキルとかは必要ないです。

現場に出て、自分に足りないことに気づいて、その足りないところを勉強して補っていく。

 

「まずは、誠実さを持って思いっきり動いてみよう!」

これが限りなく正解に近いように感じました。

動いていくうちに、なんとなく答えっぽいものを見つけることができます。

その糸をしっかりと握って放さずに、一生懸命に生きる。

ただこれだけ。

 

最後に「巡の環」について、半巡半Xというのが一番しっくりきますね(笑)

と言っても、巡率の方がもちろん高いんですけど、社員さんは自分の好きなことやバイトをしたりしています。

仕事が一点集中ではない分、容量が悪いように思いますが、私はそうは思いません。

机だって椅子だって一本の足では立てないし、本数が少ないと心許ないですよね。

それと同じです。

本業とそうでないXの部分があるからこそ、社員さんたちはいつも生き生きとしていて楽しいのだと感じました。

 

また、驚いたことにここにはKOTATSU☆があります。

(特に、ローマ字表記には意味がありません…笑)

このこたつを囲んで皆で話したり、ミーティングしたり、ご飯を食べています。

一緒に何かできる『場』があるからこそ嬉しいことや困ったことを共有し、仲間と一緒に歩んでいることを実感できるのだと思います。

 

「早く行きたいなら、一人で行け。遠くに行きたいなら、みんなで行け」

という言葉を、以前、私は大切な後輩から教えてもらいましたが、まさにこれを実践している場だなと感じました。

実際、一緒にご飯を食べているだけなのに心地よかったです(笑)

そして、ご飯がとても美味しく感じました。一人じゃ味気ないですもんね。

 

今回は、私自身が感じた「ここでしか得られないものを得た。」ということを無理やりギュギュっとまとめましたが、こんなものじゃ語りつくせません。

これから生活の中で自分の心の中に感じたことや思ったことを落としこんでいきたいと思っています。

 

短い間でしたが、とても楽しく充実した日々でした。

ありがとうございます。

 

——————————◆◇————————————◆◇——————————

橋本 雄太(Yuta Hashimoto)

学生NPO ここつなぎ  創設者・代表

場所としての『ここ』

個々人としての『ここ』

心の『ここ』

——————————◆◇————————————◆◇——————————


2016年4月27日 09:16

1  2  3