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卒業のご報告


親愛なる皆様へ
 
お世話になっております。巡の環の信岡です。
海士にきてはや丸6年が経ちました。
 
昨年末にはしゃん山に自分の名前で商品を出すという
島に来た当初に阿部と冗談で話していた目標も叶いました。
 
さて、このたび一つ報告がありまして、ちょっとお手紙のような
文章を書かせて頂いております。
 
この5月をもって、私、信岡は海士を出る事にし、
新しい環境に身を置く事に決めました。
突然のご連絡になってしまい本当に申し訳ありません。
 
この6年間、海士の多くの人に公私ともども支えて頂き、
会社の心配やらご飯の心配やら、
うまく島での暮らしに馴染めるかなど
見える所、見えない所含めてご配慮いただいていたことと思います。
自分自身、海士に来る前と今とではまるで違う自分で、
ずいぶんと自分のことを好きになれるようになったと思います。
田んぼも少しは育てる経験ができ、
畑は草刈りのままならぬ不格好ながらも
家でとれたシソを夕食に出来るようになり、
島の多くの人と道行くときにかける挨拶の心地よさは
6年前とはまるで違うものになりました。
 
本当にありがとうございます。
 
そんななかで自分でも驚くような感じなのですが、
海士を離れるという決断を12月の終わりに致しました。
 
海士を離れる理由は、なんと伝えていいものか
あんまり分からず、
会社もこの島の自然も、海士の人も
一緒に酒を飲み交わせる友人もとても好きなままです。
 
ただ島でいろんなことにトライさせていただき、
自分の出来る事、出来ない事、見えてくる世界そのものが
ちょっとづつ変わってきました。
 
海士に来た当初、僕は都会での
「誰のために働いているのか分からなくなる」という
大きな仕組みの経済の中で働くことに身体が
拒否反応を示してしまい、
「何の為に働いているのか」が見える小さな経済を
よくすることにむけて頑張れないかという思いで
海士に来ました。
 
小さな経済を回すというのは、
世の中でいうと「地域を元気にする」ということかもしれません。
 
そこに向かって6年間いろんなことをやってきた中で
自分なりに
・地域を元気にするって、いったいどういうことか、
・どうすればそれが出来た状態といえるのか、
・それは本当に出来るのか
そんなことをずっと考え続けてきました。
 
その中で僕の中で変わってきた感覚が
「地域に元気がないことが問題なのではなく
 地域と都市との繋がり方=関係性の問題で
 その繋がり方の感覚を変えないと
 この少子高齢化していく社会の中で
 地域が元気になるというのは達成出来ないんではないか」
というものでした。
 
これは例えば、
生活習慣病の患者が病気の症状が出たときに、
薬を処方するという対処療法ではなく
そもそもその患者が生活習慣病になりやすい
生活スタイルをその町から減らすために
ラジオ体操を一緒に楽しむというのに
近いかもしれません。
 
これは患者と医者の関係ではなく、
一緒に良い生活習慣を楽しむチームになるという
関係に変わる事です。
 
決して、医者としてその形が偉いといいたいわけではなく、
自分自身も同じ生活習慣を営むものとして
その人と関わろうとすることだと思うのです。
 
僕にとって地域を元気にするということが、
そういう、都市と田舎の関係を
一緒の未来を見る関係になるためには
どう変えていくかに変化したとき
 
一度島を離れて声を届けたい都会の人側の世界に
身を置いてみようと思ったのです。
 
立場の違う人同士がどうすれば
同じ未来を見れるようになるのか
 
その部分に注力して、自分の出来る事を
増やしていきたいと思うようになり
この決断に至りました。
 
具体的な方法やどうすればその思いが
達成出来るのかはまったく未知です。
 
この選択が攻めか逃げかは自分でも分かりませんが、
人生は一度きりだ ということを
感じることがいくつかあり、
自分の直感に従ってみようと思い、
巡の環の仲間や海士の人の
僕に対する今までの気持ちを幾分か損なうだろうことも
ちゃんと承って、次のステージにいこうと思います。
 
あまりうまく説明ができずにごめんなさい。
またぜひ飲みながらでもちゃんと話せるといいなと思うのですが、
まずは一度こちらにて、ご報告させて頂ければと思います。
 
長文お付き合いくださり、ありがとうございました。
 

2014年1月23日 18:22