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  • 巡の環でお世話になっているみなさまへ

     

    巡の環の阿部と信岡です。

     

    早いもので海士町で起業して6年の月日がたち、

    会社として7度目の春を迎えております。

     

    これまで無事活動を続けて来られたのは

    ひとえに皆様のご支援のおかげと

    深く感謝しております。

     

    この度、創業メンバーでもある信岡が

    2014年4月1日をもって常勤の取締役から

    非常勤の取締役へと勤務形態を変更し、

    5月中旬に、海士を離れることとなります。

    信岡の次の活動拠点は東京になります。

     

    年末より信岡からの相談に阿部が応える形で話し合いがあり

    熟慮したうえで二人の同意をもってこの決断となりました。

     

    信岡は、巡の環および海士でどうやって

    よりよい未来への小さな成功モデルが作っていけるのかを

    この6年間考え続け、多くのことに挑戦してきました。

    しかし、海士側からだけの働きかけとして、過疎化していく

    島の課題を解決していこうという問題意識では

    興味関心のある人も集められる力も限られてしまい、

    その限界を感じているところです。

    海士が都会側からみて「支援する・される」

    という関係になるのではなく、

    これから日本全土で一緒に迎える人口減少社会という

    かつて経験のない大きな共通テーマにむけて、

    どうすれば都市に住む人も田舎に住む人も一緒に、

    同じ神輿を担ぐチームになれるのか

    という問題に取り組むための動きを

    手探りでやっていくことにしました。

     

    阿部としては、巡の環のこれからや

    これまでの多くの海士の人からの温情など

    いろいろと熟慮すべき重大な決断であると分かりながらも、

    それでも、信岡が「信岡らしい生き方」を

    全うすることを応援したいという気持ちを

    最優先させたいと思い、

    今回の海士を離れるという信岡の決断を受け入れました。

    お互いが自分の一番大切にしたい生き方をするための

    よきパートナーとして、そして大きな意味では起業当初から変わらず

    お互いに同じ夢に向かってこれからも助け合いの出来る仲間として

    新しい段階に進もうと思います。

     

    信岡は東京に行ってからも、非常勤の社外取締役として

    定期的に連絡を取りながら、東京側からできることを模索しつつ

    変わらず巡の環の活動には参加していきます。

     

    このような形で、傍目から見れば不安定な会社でありますが、

    自分たちらしくしっかりと生き、これからの世の中に必要とされる

    価値を提供し続けていきます。

     

    今後も巡の環も信岡も含め、

    ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

     

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    株式会社巡の環

      代表取締役 阿部裕志

      取締役    信岡良亮


    2014年3月31日 19:34