アーカイブ

2017年2月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        






巡の環でお世話になっているみなさまへ

 

巡の環の阿部と信岡です。

 

早いもので海士町で起業して6年の月日がたち、

会社として7度目の春を迎えております。

 

これまで無事活動を続けて来られたのは

ひとえに皆様のご支援のおかげと

深く感謝しております。

 

この度、創業メンバーでもある信岡が

2014年4月1日をもって常勤の取締役から

非常勤の取締役へと勤務形態を変更し、

5月中旬に、海士を離れることとなります。

信岡の次の活動拠点は東京になります。

 

年末より信岡からの相談に阿部が応える形で話し合いがあり

熟慮したうえで二人の同意をもってこの決断となりました。

 

信岡は、巡の環および海士でどうやって

よりよい未来への小さな成功モデルが作っていけるのかを

この6年間考え続け、多くのことに挑戦してきました。

しかし、海士側からだけの働きかけとして、過疎化していく

島の課題を解決していこうという問題意識では

興味関心のある人も集められる力も限られてしまい、

その限界を感じているところです。

海士が都会側からみて「支援する・される」

という関係になるのではなく、

これから日本全土で一緒に迎える人口減少社会という

かつて経験のない大きな共通テーマにむけて、

どうすれば都市に住む人も田舎に住む人も一緒に、

同じ神輿を担ぐチームになれるのか

という問題に取り組むための動きを

手探りでやっていくことにしました。

 

阿部としては、巡の環のこれからや

これまでの多くの海士の人からの温情など

いろいろと熟慮すべき重大な決断であると分かりながらも、

それでも、信岡が「信岡らしい生き方」を

全うすることを応援したいという気持ちを

最優先させたいと思い、

今回の海士を離れるという信岡の決断を受け入れました。

お互いが自分の一番大切にしたい生き方をするための

よきパートナーとして、そして大きな意味では起業当初から変わらず

お互いに同じ夢に向かってこれからも助け合いの出来る仲間として

新しい段階に進もうと思います。

 

信岡は東京に行ってからも、非常勤の社外取締役として

定期的に連絡を取りながら、東京側からできることを模索しつつ

変わらず巡の環の活動には参加していきます。

 

このような形で、傍目から見れば不安定な会社でありますが、

自分たちらしくしっかりと生き、これからの世の中に必要とされる

価値を提供し続けていきます。

 

今後も巡の環も信岡も含め、

ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

 

120916_104844_000.JPG

株式会社巡の環

  代表取締役 阿部裕志

  取締役    信岡良亮


2014年3月31日 19:34


1557227_715933701759746_216554018_o.jpg

 

登記の書類を自分たちでつくり、
法務局の人にFAXで添削してもらって出来上がったものをもって、
僕が隣の島の法務局までドキドキして持っていったのが、2008年1月29日。


早いもので丸6年が終わり、7年目に入りました。
本当にたくさんの方々に助けられてきました。
改めて、ありがとうございました!そしてこれからもよろしくお願い致します!!


今まで、のべ12人が社員として共に働き、現在は7人が弊社で働き、
2人が地元の方と結婚して出産のため産休・育休、卒業したうちの2人が起業、
1人が別の島でがんばっています。
そしてインターンとしては9人が来てくれました。




ドラッカーが、マネージメントの中でこう書いています。

「人を雇用するということは、その人の一生と向き合うということだ」

一緒に働く期間だけでなく、自分の人生をどう生きるかと、
この会社で働くことがどういう意味を持つのか、その接点を探りながら、
お互いを尊重しながら、やりがいをもって働ける職場でありたいと思います。


♪♪

あんなこと~ こんなこと~ あった~でしょ~ 

 

楽しかったこ~と~ 苦しかったこ~と~ い~つになっても~ わ~すれ~ない~
♪♪


僕の尊敬する方の名言。
「人生思い出作りだわい!!」


2014年1月29日 15:02


おはようございます、阿部です。

いよいよ新年度がスタートしましたね。
巡の環を卒業してそれぞれの道へ巣立っていった3名(高野・叶・松島)を見送り、
スタッフが4名(阿部・信岡・川島・萩原)の新体制になりました。
盛大な見送りをしてくださった皆様、どうもありがとうございました。

今朝も、よく来てくれる漁師のおじいちゃんが事務所に
びに来てくれて、いろいろな昔の話を聞かせてもらいました。
海の話、祭りや神楽の話、胴打ちの名人の話。
自分たちの住んでいる土地の歴史を知ることは、
なんだかとても楽しいし、大切なことだなぁ、
と改めて思う海士5年目です。

下の写真は、昨年11月に上智大学の授業で、
海士町崎地区の方々に話を伺っていたときのものです。
この時の様子はこちら
IMG_0354.JPG


最近読んだ、内山節さんの「里という思想」という本にも
歴史について書かれていてすごく勉強になりました。
僕の記憶によると、たしかこんなことが書かれていました。

----------------------------------------------------------------------
私たちは正しい事実は1つであるという思想に基づき、
より正しいと思われる過去を調べ、それらを蓄積して
歴史と呼び、学んできた。

では、はたして歴史とは1つだけなのだろうか。

たとえば、おじいちゃんやおばあちゃんから聞く昔話。
実際にあったかどうかは分からないけれども、
その物語がおじいちゃんやおばあちゃんの意識の中では
ちゃんと存在していたことは事実。
その物語を事実と違ったからといって否定していいのだろうか。

山でキツネにだまされたという話も
今では昔話を語り継ぐだけになっているが
戦後すぐのころまでは、つい昨日あった話のように
自ら語る人がたくさんいたようだ。

この頃までは、キツネは同じ地域に住む「隣人」として
親しみを持って語られていたのに、今では動物園にいる
人間とは違う種としての「動物」になってしまった。

事実と違うかもしれない物語に潜んでいる
先人たちからのメッセージは何なのか。

私たちは近代化の発展の中に
なにか大切なものを置き忘れてしまってはいないか。

----------------------------------------------------------------------

海士に住んでいると、歴史について話を聞く機会がたくさんあります。
この話をどう受け取るかで、未来にどう活かしていくのかが変わります。
んー、奥が深い。


話はかわりますが、下の写真は
今週末に行われる町内綱引き大会の数年前のものです。
IMG_1134.JPG

各地区対抗で、綱引きだけで1日中町内が盛り上がり、
夜は祝勝会か反省会と称して、大いに酒盛りです。
そのおいしいお酒を飲むために、毎晩練習があります。

こんな元気な海士で私たち巡の環は
人の歴史の重みを学び、
「なにを後世に残していくのか」
を考えながら、丁寧な暮らしを楽しみ、
様々な活動を展開していきます。

今年度もどうぞよろしくお願いします!

2012年4月 2日 10:11


巡の環の阿部です。ご無沙汰してしまいました。
考え事をしていたので、せっかくなのでみなさんにもお伝えできればと思いブログを書きます。

昨日、友人のFacebookのページに、こんな問いが発せられていました。

「地域における課題は何か?」

ぼくはとても興味があったので考えてみたのですが、これが難しい。
どん​な言葉も海士で感じている具体的な事象から
抽象的な概念にすると軽く感じてしまうんです。。

地域の持つ課題を考えたとき、それは日本社会、世界規模​の課題とつながってくる。
雇用や教育、福祉など表向きの課題は根深く山積みで途方​もない。
政治や産業やいろんなものが複雑な絡み合って成り立っている社会なので
「地域における課題」と切り分けるのが難しいのです。
実際これを考え出すと、どこから手をつけてよいかわからなくなり、よく途方にくれます。。。

逆に言​うと、海士で地域の課題に向き合うことは、
世界の課題を​考えることまで引き延ばすこともできる。
ここに、海士で​の学びの可能性があると僕は信じて
そういった教育事業をいま進めているところなんです。
昨年行った研修パッケージを動画にまとめたものがこちらにあります。

そうこう考えていて、やっと出た言葉。質問に対する回答はこれです。

「そ​の地域の未来を一緒に背負う覚悟と責任をもった人が減っている​こと」

そんな人材を増やすことを考えていけば、様々な課題は解決に向かうことができるのではないかと思います。
だから僕たちは海士に住み、未来に対して覚悟と責任をもってビジネスをつくる​ことに尽力しています。
宮城県亘理町で活動している松島も同じ想いでがんばっています。



ふー、考え事は疲れますね。


最近は仕事をしながらも、合間に素潜り漁師としてサザエの出荷もしています。
こんなふうに採っています。ちょっと酔いそうですが、臨場感あると思います(笑)




僕の採ったサザエも8月いっぱいまで購入できますので、海士webデパートからお求めください。
コメントで、阿部が採ってきたものを希望と追記いただければがんばって潜ってきますよー。

夏真っ盛り。海士を楽しみます!


2011年7月28日 11:38


引き続き、巡の環の阿部です。

ボランティア作業してきた亘理町の隣町、山元町にいってきました。



そこでみてきた写真を皆さんにも共有したいと思います。
かなり衝撃的な写真かもしれませんので、そのつもりで見てもらえるとありがたいです。

IMG_3900.JPG

IMG_3899.JPG

IMG_3909.JPG

正面の防波堤が吹き飛んでいます。

IMG_3913.JPG

何もないように見えますが、家の基礎が残っています。
このあたりも住宅街でしたが、基礎より上がすべて吹っ飛んでいます。

IMG_3921.JPG

墓地も大変なことになっています。

IMG_3941.JPG

小学校もかなりやられています。

IMG_3933.JPG

IMG_3938.JPG

これは何の写真に見えますか?

IMG_3942.JPG

真正面の建物は、常磐線山下駅の階段です。まっすぐ線路が伸びているはずでした。
手前は川に架かる橋の跡です。この反対側は線路だなんてまったくわかりませんでした。

IMG_3943.JPG

この山下駅あたりには郵便局やAコープ、保育園など、建物がたくさんあったはずです。
google mapのストリートビューでは震災前の風景がしっかりと残っています。
勇気のある方は自分で調べてみてください。僕は気分が悪くなってしまいました。

山下駅近くを走りながら撮った映像もあります。



テレビで見る以上に、非常にインパクトの強い風景でした。
自分たちになにができるのか、いまの活動を続けられる基盤だけは
しっかりと持ちながらも、復興のためにできることを続けていきたいと思いました。

2011年5月 1日 00:48



巡の環の阿部です。

4月24日に東京での「Japan Dialog x ミラツク」を終えた翌日から
宮城県亘理町にて弊社スタッフの松島がコーディネートするボランティアに
参加してきましたのでその様子をお伝えします。
写真等で長くなりますが、自分の見てきたものをしっかりと伝えたいと思いますので
最後までお付き合いのほどよろしくお願いします。

【温泉宿に滞在】
滞在する温泉宿は宮城県蔵王町の遠刈田温泉にある「ゆと森倶楽部」
ロビーで薪がパチパチいっている、とてもステキな空間です。
露天風呂もあり、こんな豪華な宿に雑魚寝とはいえ2000円で泊めてもらえるとは。。
ボランティア作業、がんばろう!と思いました。

IMG_3829.JPG

【ボランティア活動開始】
朝7時に宿を出発し、亘理町災害ボランティアセンターに向かいます。
同じ宿に滞在する仲間に案内してもらい、ボランティア登録し、その場でボランティア保険も登録しました。
(本当は、自宅近くの社協でボランティア保険登録していく方がいいそうです。)
長靴、鉄板の中敷き、軍手、マスク、ゴーグルなども貸出しています。
これが亘理町災害ボランティアセンターの入り口。

IMG_3878.JPG

中に入るといろいろな情報が掲載されています。

IMG_3879.JPG

IMG_3882.JPG

IMG_3886.JPG

IMG_3884.JPG

ボランティア作業案件ごとにチームで集まり、リーダーの指示のもと行動を開始します。
(案件は写真に撮り損ねました。朝から貼り出されるそうです)
僕はある被災したお宅の瓦礫拾いや清掃活動に参加することになりました。
移動中、リーダーが亘理町の被災状況を説明してくれましたが、その風景に圧倒されていました。

IMG_3837.JPG

IMG_3845.JPG

担当するお宅の、畑のゴミ拾い、家具の清掃、床下のヘドロ掻きが主な作業でした。
僕ははじめは畑のゴミ拾いをして、お昼前からヘドロ掻きを担当しました。

これが畑の様子。

IMG_3848.JPG

途方もないゴミの量です。

IMG_3853.JPG

ゴミを集め、ネコ車(一輪車)で運んでいきます。

IMG_3854.JPG

いろいろなものが出てきます。これは赤ちゃんのエコーの写真。

IMG_3858.JPG

載っていた日付からするとちょうど今くらいに生まれてくる赤ちゃん。
作業しながらいろいろな想いが頭を巡ります。

お昼休み以外に午前午後1回ずつ休憩時間があります。
被災されたお宅のおばちゃんたちがコーヒーやリンゴ、
お昼にはお味噌汁も用意してくれました。
本当にありがとうございました。

IMG_3860.JPG

休憩時間にはボランティア参加者の方たちとも話をしました。
世界一周旅行から帰国してそのままボランティアにきた方、
地元宮城の方で仕事がまだ始まらないためボランティアに来ている方、
海外で仕事をしているが、祖国の危機に飛んで戻ってきた方、
みなさん熱い思いをもちながら黙々と作業していきます。

そして午後からは本格的にヘドロ掻きに励みました。
床下から掻きだす穴がないため、ヘドロ掻き用の穴をあけます。

IMG_3863.JPG

ヘドロ発生してから1ヶ月半。かなり臭います。

IMG_3864.JPG

途中からはアウトドア用のヘッドランプを用意して床下をホフク前進しながら
ヘドロ掻きをしました。ヘドロは下水などとの混入もあり感染症の恐れもあるため、
なかなか勇気のいる作業でしたが滞在日数の少ない自分ができる最大限を
尽くしたいと思うと勝手に身体が動いてしまいました。

IMG_3865.JPG

午後4時で作業終了です。
この1軒の家の修復作業に、14名で4日かけましたが、まだ作業は終わりません。
想像のつかない作業量に途方もなくなりそうですが、みなさん地道に愚直にがんばっていらっしゃります。
海士に戻ってからも、応援の気持ちを送り続けたいと思います。

【改善提案】
ボランティア作業は会社の業務ではないので、チームのマネジメントが難しい。
主体性を大切に押しつけになってもいけない一方、作業の効率性を上げたいという思いもある。
という前提のもと、休憩時間に数人で話をして改善提案をしました。

①まずはリーダーに指示された仕事内容を各自好きなようにやってみる
②はじめの休憩時間で、自分なりの作業をやってみた感想を共有する
③いいところは取り上げてみんなの作業に導入する
④昼休み等、さらに感想を共有しながら作業を進めていく

やはりカイゼン活動が大切ですね。

【感想】
・県外からのボランティア受け入れを拒否しだしているところも多くあるが、
 実際はまだまだ途方もない作業量が残っている
・床下のヘドロ掻きは非常にリスクの高い作業
 なにか根本的な改善策がみつからないと、
 作業自体も終わらないし、感染症患者が増えるのでは
 バキュームポンプで吸い上げることができればいいのだが可能なのか
・思ったより皆さんお元気
 もちろん大変な状況ではあるけれども、
 励ましあいながら、たまには笑いあいながら、がんばって復興に向かっている
・放射能を気にしている状況ではない
 見えない放射能を気にして作業を遅らせることはできないという感覚だった
 過剰に気にすること自体が、現地に住んでいらっしゃる方への風評被害のもとだと思った
 本当に健康に害を及ぼすのか、しっかりとした理解が必要



2011年4月29日 23:16