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青山敦士(あおやま・あつし)
1983年、札幌市生まれ 2007年、海士にIターンし海士観光協会職員に。観光協会は、宿や施設などとのネットワークを駆使したツアーの企画・手配を一手に引き受ける海士の玄関口である。
 
 海士町観光協会は、菱浦港「キンニャモニャセンター」にある、文字通り島の玄関口として、様々なツアーの企画運営をしている組織です。
巡の環が、五感塾などの企業向けの研修などを通して海士の魅力を学びとして発信しているのに対して、海士町観光協会は、島旅としての海士の魅力、つまり海士の海や山の「遊び」や「楽しさ」、そして食や営みなどの「豊かさ」の価値を発見し、発信するのが仕事です。
 そんな海士町観光協会で職員として働く「青さん」の愛称で親しまれている青山さんは、巡の環メンバーとほぼ同時期にIターンで海士へ来た、いわば同期。青山さんから見て巡の環の仕事はどんなふうに見えているのでしょうか。
今回は『僕シマ』著者のひとり、信岡が聞き手となって話を聞きました。
(聞き手:信岡良亮)
 

【本当に素晴らしいことは、僕たちの「いつも」だった】

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――『僕シマ』を読んでくださったということで。
 
青山 はい。全部読みましたよ!
 
――ありがとうございます。まず、すごく気になるので、最初に感想をきかせてください(笑)。
 
青山 そうですね、感想としては、ほんといつも話してることだなと感じました。決して否定的な意味ではなくて、僕は巡の環の活動や言っていることがいつもすごいなって思っているので、それがそのまま出ていて嬉しかった。本になると、脚色されたり、きれいな部分だけが出されるんじゃないかなって思っていたけど、本当にいつも島のそのへんで話していたことが、そのまま文章になって本になっている。僕たちの「いつも」が等身大で表現されていたのが、なんか嬉しかったな。
 
――ひとの本読んで「嬉しくなる」って感覚が、こっちからしたら嬉しいです!!
 
青山 僕たちはいつも、海士のライフスタイルとか前向きな気持ちが素敵だなって、互いに肯定して、確認することで高め合っている部分がある。それがそのまま出ているのが嬉しい。僕たちの肯定感が、いつもの温度感で出てるのが、僕は嬉しいね。
 
――でも僕は、本を出したタイミングで達成感というよりは、危機感が先にあった。たとえば島の学習センターでは、実際に生徒数を増やしていたり、CASもちゃんと売上を上げて、実際に漁師さんの手取りを増やしている。その同じ海士にいて、僕たちの生み出している価値は、本当に島に利益として還元されているのかな、という危機感がある。今日は青さんの目線で、巡の環ってどんな会社なのか、という話を聞きたいなと。
 
青山 巡の環は、やっている仕事の特性上、ある意味数値化しにくい部分の価値を扱っているからそう思うのでは? 巡の環の活動や発信によって、まわりまわって海士の新しい認知が開拓されたり、雇用が促進されたりしているはずで、でもその数字がもたらされるのが巡の環自体じゃないこともあるだろうし。見え方が少し違うのかもね。
 僕個人としては、同期のIターン仲間なのに、同じ土俵に乗れていない悔しさ、「ちくしょう」って思っているよ(笑)。僕も、観光を通して「海士っていいでしょ、すごいでしょ」って、多くの人に自慢したい。でも、今は巡の環の方がそれを多くの人に伝えている気がしている。そして島の人にも、それを肯定感として還元している。それを見習いたいなという気持ち半分、悔しがっている自分がいる。
 
――そのあたりは同期生みたいなものだから、お互いに切磋琢磨している部分だとは思う。
 
青山 逆にこちらから聞きたいのは、前から思っていたことでもあるけれど、巡の環は、自分たちが「海士でつくりたい社会」がまずコンセプトとしてあって、そこに自分たちの活動を収斂させていくのか、あるいは、海士をスタート地点にして、「行きたい未来」をいっしょに創っていく感じなのか、どっちなんだろう?
 
――どっちでもないし、どっちでもある感じかな。常々思うのは、阿部がいなかったら僕らはただのベンチャー会社。で、僕がいないとただのNPOになってしまう。阿部がいつも海士の内側の価値、つまり残したい海士の歴史や風土を見ていて、僕はどちらかというと、外側にも広がっていく、つくりたい未来を海士に見ている感覚がある。そのバランス状態でもあり、拮抗状態でもあるのが巡の環の個性だと思ってるね。
 

【巡の環は、いつまでも、海士を「主語」にしていてほしい】

 
――青さんが『僕シマ』で気に入ったところはどこでしょうか? 発見とか、ありましたか?
 
青山 僕はのぶくんの昔のこと、東京でWebデザイナーやってた頃の感情が知れたのが新鮮だったな。さらっと聞いてはいたけど、裸見ちゃいました感が新鮮だった(笑)。阿部くんの話はよく聞いているから、いろんなエピソードを読んで「あぁ、阿部くんらしいな」という感覚が強かったけど、のぶくんが僕とふだん話すのはいつも未来の話とかが中心だから、意外な発見もあった。
 
――阿部はいつも安定してるからね(笑)。
 
青山 のぶくんが海士に来たときの第一印象は、自分のやりたいことを海士にあてはめようとしているなと感じていた。僕はじつは、それにはけっこうアレルギー反応を示したと思う。「あいつ何なんだろう?」「島のことちゃんと見てるのかな?」って思いがちだった。
でもそれが、この本を通してでもそうだけど、2、3年つきあってみると、この人は自分の目指している未来像に、ド直球な人で、それが魅力だよ。自分の経験や感覚に、心底素直になってこそ自分があるということが伝わってきて、まあ、僕からすればふたりとも、すごい人だよ。
 
――僕自身は、今、海士に来たばかりの僕を見たらたぶん大嫌いになる。僕って、いつぐらいから変わったと思う?
 
青山 本に書かれてる2年目の目標、「この島を愛すること」。今思えばこのときのような感じがする。ちょうどそれくらいの時期に、のぶくんが観光協会の前で挨拶していく雰囲気が変わった。それまでは、地域の人に受け入れてもらおうと思ってか、どこか気をつかっていた挨拶だった。でも、2年目以降は自分も海士の人になっていて、いい感じに肩の力が抜けた挨拶
が印象的だった。そのあたりから、僕の変なアレルギー反応もなくなっていった気がするな。
 
――見てるなあ(笑)。あの2年目の目標はほんとによかった。僕自身も、海士を主語にして、自分のことや仕事のことを話せるようになっていった時期だったと思ってるね。
 
そんなアオくんから見て、本を出してからの巡の環にどんなことを期待しますか?
 
青山 なにより一番期待したいことは、変わらないでほしいなってことだなぁ。巡の環はきっとこれから、いろんなメディアに出たり、すごく影響力の強い人と結びついて、どんどん大きな仕事をこなしていくと思う。そうなると、逆に今のままでいるのが難しくなるんじゃないかな。でも、僕としても、きっと島としても、今の巡の環の温度が好きだし、そうなっても変わらずにいてほしいと思う。そして、その時に頼りになるビジネスパートナーとしてこっちも力をつけていたいと切に思う。
 

【観光協会も「チーム・海士」をつくるのが仕事】

 
――観光協会と巡の環のコラボレーションって、どんな形があるんだろう?
 
青山 ときどきパスくれてるんだけど、こっちが力不足だったり、意図せずスルーしちゃったりして、心苦しい状況が続いているね。
 
――観光協会をツアーの窓口にしながら、僕らはツアーのいちコンテンツとして、いろんなものを提供していけるようになるといいよね。
 
青山 うん。でもそうなるためには、僕たちは、宿屋の手配などだけではなくて、海士町観光協会じゃないとできない何か、という部分でオリジナリティーを出していかないとだめだなと思ってる。たとえば、新規顧客へのアプローチがもっと大きかったら、めぐりにもどんどん仕事を振れるわけだ。
 
巡の環よりももっと広い発信と新規顧客開発をして、その中で「このニーズなら巡の環へ」って振れるようになっていかないとね。それが本当の意味で島の玄関口としての機能だと思う。今では巡の環単体企画・単体発信のほうが企業研修などへの影響力は大きい。そこは負けてられないなっていつも思ってる。
 
――青さんと話しているとチーム・海士って気がしてくるなあ。
 
青山 うん、チームだと思う。本にも出ていたけど、海士には農家の向山さんや、面白い課長など、いろんな登場人物、プレイヤーがいる。このプレイヤーのキャラを立たせて、お金が落ちる仕組みをつくるのが僕たち観光協会の仕事だと思っている。観光ってすごい力を持っている。大切なものを守りながらお金にかえる力があると信じたいんだ。
今年は組織面でも予算面でも観光協会は変化の年。僕たちは島の販売促進をやるバックヤードとしてのプロになろうぜ、という気持ちで向かいたいと思う。
 
――良い組織の条件として思うのは、どこかにある目的地に「早く行くためのチーム」にならないといけないってことかな。「遅く行くことを許すための仲間」になっちゃうとやっぱり足りない。でも、「遅く行くことを許すための仲間」にならないと、「早く行くためのチーム」にはなれないというジレンマはあるのだけれど(笑)
 
島全体をチーム化していくのは僕らがお互いやりたい仕事だ。お互い、がんばっていこうぜ。
 
 
2013年2月 6日 11:31