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山内道雄(やまうち・みちお)1938年海士町生まれ。NTT通信機器営業支店長などを経て、1995年海士町議に当選。二期目に議長就任。2002年町長に初当選し、現在三期目を迎える。大胆な行財政改革と地域資源を活用した戦略で、島興しに奮戦中。島根県離島振興協議会会長、全国離島振興協議会副会長を歴任。現在は第三セクター(株)ふるさと海士社長を兼任。

海士の地域再生への挑戦は、財政破綻しそうな経済状態からスタートしました。町長である山内道雄さんが中心になって職員たちが自主的に給与カットを行い、その余剰で産業を起こそうとしたのです。そして、岩牡蠣の養殖などがうまくいったことが話題になって、日本中から人がやってきた。よそ者を受け入れる気質も功を奏し、約2300人の島民の中で移住者が1割を超える島になり、海士は「よそ者、若者、ばか者」によって地域に新たな力を生み出すことに成功したのです。町長は今の海士に何を思うのか、率直な気持ちを聞きました。(聞き手:阿部)

 

【“目線”を合わせることで変わる、地域との関わり方】

阿部:この本は、これから何らかの形で地域と関わろうとする人たちに読んでいただいて、地域に入っていくにはどういった心構えや姿勢が求められるかを、僕たち巡の環のプロセスから気づいてもらえるといいなと思っています。

 

町長:それは役立つと思うね。ただ、のんびり島暮らしに憧れてIターンしたいという人たちではなく、「何かをしたい」、「つくりたい」といった「攻め」の姿勢の人たちにとってはね。

 

阿部:そもそも、僕たちは海士に受け入れていただいたわけですが、それを自分たちでも“テクニック”みたいな見せ方はしたくないし、そもそもできないなと思いました。だからこの本には「HOW TO」はほとんど書かれていないんです。その部分は読者の方々に委ねているというか。「HOW」を考えていただいて、試してみて、少し大げさに言うと、この本の続きを自分たちで作っていってほしいんですね。

 

町長:阿部君たちが海士に受け入れられたのは、人間としての姿勢そのものなのかもしれないね。やっぱり君たちの人間的なものが地域から見て抵抗がないんだわ。優しさというかね。学者とか、役場も昔そうだったけれども、外から来るものはどうしても、島の人にとっては上から目線に感じられてしまうものだ。阿部君たちのように島の人と目線を合わせて、同じものを違ったふうに見れるというのは、ほんと大事なことだ。

 

阿部:そう言われると、だんだん僕が恥ずかしくなってくるんですけどね(笑)。まだまだうちも力不足ですから…。

 

町長:いやいや、ホントのことを言いよるのよ。飾ることもないし余分なことを言う気もないけれども、本当に話していても抵抗がない。外の人という気がしないんだわ。

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【本当の意味で攻められるかどうか。海士はそんな力こそを求める島】

阿部:もう5年前になりますが、最初僕らが海士に来たとき、どう思われました?

 

町長:海士に仕事をしに来たのではなく、仕事をつくりに来たというのに驚いたね。すごいことを考えている人だなぁと思ったが、島では食っていけないかもなと(笑)。

 

阿部:まぁ、無茶ですよね(笑)。

 

町長:それが心配だったのが第一印象かな。今でも心配しておるけどね。でも、もう一つ心配していた島の封建性とどう折り合っていくかというところで、君らが自分からどんどん入りこんで島の封建制を超えていったことには驚かされた。その結果として、私が想像していたより、君らの考えていたこと、五感塾等がはるかにいいものになった。教育の島にしたい、「人づくり」の島にしたいというのは、スローガンとしてはいくらでも行政が言うことはできるけど、手を挙げて実行できる人というのは、島にはいなかった。そこを君らがやってくれたのは、大きなことだった。

 こうして企業の研修までやれるようになったということは、視察で島を訪ねて来た人も、ものすごくびっくりしているし、評価しているよね。そもそも視察の始まりはCASだった。それが島前高校のことに注目が移りだして、今は巡の環のように起業して「人づくり」をしている人になっていった。常に話題を与えられていることは、喜ばしいことでもある。

 

阿部:僕たちが来た時もすでにそうでしたが、海士には攻める人材、若者がどんどん入ってきます。やはり地域の活性化には、このような人たちの参加が重要な要素のひとつだと思いますが、行政としてはどうすればこうした人の流れが生まれると思いますか?

 

町長:海士のIターンは、都会の生活から逃げに来たのではなく、攻めに来ている。なぜか海士には阿部君や岩本悠君のように、自然発生的に攻めのIターンが集まった。これは海士の強みだと思う。

 気持ちとしてはIターンやUターンということには関係なく、本気で向かってくる人には本気で応えようと思っている。支援もしていきたい。でも、補助金がつくからやらないか、ということは絶対こっちからは言わないようにしている。

 

阿部:大事なことです。

 

町長:Iターンの数が増えてきた頃、「町長はIターンばかり大事にしている」と一部批判もあった。しかし、実際はIターンの人に具体的なことは何もしていないんだ。

 君らは分かっているだろうけれど、プロジェクトなりイベントなり、何かやりたいと本気で考えている人というのは、最終的には熱意だけで成功に導いていく。金があるからやります、というのは絶対いい結果を生まないものだ。

 

 そう信じているからこそ、何かやりたいという人には、情報提供だけは惜しまず、本気の気持ちで応えようと思っている。行政のこうしたスタンスもまた、攻める若者の参入を促しているのかもしれない。

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【海士の未来を変えた、“課題先進地”という視点】

 

阿部:今ふたたび、町長から海士町とはどういう場所かをお聞きしてみたいです。

 

町長:それは本当にいろいろだけれど、いつも持論として言っているように、ここはある意味、先進地だ。過疎化もそうだし、少子高齢化など、様々な地域の課題を先取りして、そこで小さな成果を上げている。よって、ここで小さくても成功事例をつくることは、今後の日本にとっても、何かのきっかけになるのではないかと私は考えている。「日本のために」と最初から謳うつもりはないが、いつか必ず日本のためになる、という裏の想いを持ちながらやっていくことが何より大切ではないかなと感じている。 

 

阿部:それはこの本のまえがきにも書かせていただいています。僕たちもそうだけど、未来の社会との繋がりを意識して、若者が海士に攻め入ってこれるのは大きなことです。

 

町長:今は外から来た人の活躍が目立つけれど、将来は島前高校の生徒たちが、活躍している先輩を見て、戦線に加わっていくことを夢見ている。とはいっても、自分たちで育てはしない。あくまで強い戦力として、戦線に加わってほしいと思っている。

 この前も地元出身の大学生が「役場に入りたい」と言ってきたけれど、断った。普通に帰ってきて、普通に役場に入りたい、というUターンを僕たちは歓迎しない。「海士で何かをやりたい!」という強い気持ちを持って、攻め帰ってきてほしいんだ。というのも、島では人手不足が基本だからだ。戦力にならない状態で役場に入ったとしても、職員には育てる時間がない。みんなそれだけ一生懸命に戦っているのだ。だから、厳しいようでも、別のところで技術や知恵を習得して、戦線に加わってくれることこそを求めている。岩本悠君が言うように、島の子どもを大きく外に羽ばたかせて、また島に帰ってこさせる教育こそが、これからの海士の未来には大切だと思う。

 というのも、我々が子どもの頃は、大人に「しっかり勉強しろ」とは言われたが、帰って来いとは言われなかったからだ。この島で生きる道がないだろうとみなが諦めていた。しかし、海士は変わった。これからは「帰って来てもらいたい!」と言える。若者の新しい発想に賭けたいと考える大人が増えたのだ。

 

阿部:町長から見た海士の未来には、どんなものがあるのでしょう?

 

町長:まだ確かなことは何も言えん。成功した地域と言われているが、海士はもうひとつ脱皮しないといけない。これからどのような島づくりをしていくか、持続可能な島づくりのためにはどうしたらいいのか、課題は山積みだ。それが当分の未来だろうな。

 

阿部:最後に、島のリーダーとして、町長がいつも気をつけていること、つまりモットーを教えて下さい。

 

町長:ぶれないこと、すべて我に責任ありといった、覚悟の決断が大切だと思っている。部下が成功すればそれを称え、部下が失敗したら怒らなければいけないが、最後の責任は自分が取るということ。次の選挙のことや、雑念に意識を奪われると弱くなる。そうしたことにぶれず、これからも前に進みたい。そんなリーダーシップで臨んでいきたいと思っている。

 

阿部:この本では、海士を通じて自分たちにはこんな社会が見えているんだという、“可能性”こそを書いています。町長もおっしゃったような、Uターンで帰ってくる人たちが、本当の意味で攻め帰ってくるということが起き始めた時が、本当のスタートなのかもしれませんね。僕たちも、最前線でがんばり続けたいと思います!

 

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2013年6月 5日 18:17